以前、ミューシャさんの空の手でブログの「自由意志と謙遜」について共感のコメントをしましたが
最近わたしのまわりにそれと真逆な不遜なひとがいます。
ここのところ感覚が鋭敏になりひとの気持ちが心に刺さります。
これは結構わたしには重荷でした。
いったいなにが心に刺さるのか考えてみると
それはひとの不遜さでした。
わたしは気持ちの整理ができましたが
こんなひとが幅をきかす社会は・・・ です。
なぜもっと弱者に優しくなれないのでしょうか
自らも含めて反省です。
では。
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自分のブログへ今日思ったことの記事を書いてから、こちらを覗かせていただいたら、びっくり。シンクロしている内容だったもですもの。
感覚が敏感であるということは素適な反面、辛いことも沢山ありますよね。
雪のように壊れそうな感覚の持ち主だと表現されたことがありますが、それでも現実から逃げることは出来なくて、守らなければならないこともあって、真っ直ぐ強く生きていかなければならない。まさに、人生という修行でしょうか。
でも、そんななかでも、酷い人間が善き人と変わっていくことも、時として見ることができます。そんなときは嬉しいですね。
しかし、人は人。まずは、自分自身を美しく創り上げていけたらいいなと思っています。
そして、他者がもしかして何かを心に感じてくれたら、それは素晴しいことだなと。
わたしは感情を冷静に見てそれに不用意に反応しないようにと勤めています。
これっておっしゃるとおり修行みたいですね。
また、いかに自分が現代的な批判精神に毒されているかをいまさらですが感じ
批判精神を封じ、ひとの良いところをまず見るようにとしています。
さて、このような形で世の中に発信していますが
ここのところは基本的にはまずは自分自身の問題とも思い始めていました。
ですので、このブログを開始は少し悩みを持ったままの開始でした。
(全てのネット活動を止めるべきと思うこともあります。)
しかし、ネットの中にはわたしの生き方へ影響を与えてくれるきかっけも
存在するのも事実です。
ネットでの出会いは自分の心の反射であるとも感じています。
では。