キリストの確信の中で、わたしの課題は「聖杯の探求」へと向かいます。
神秘学概論(イザラ書房ほか)には、「人類がしだいに把握していく、<隠れた知>を、象徴的に<聖杯>の認識と呼ぶことができる。物語や伝説に語られている聖杯の深い意味を理解することを学んだ者は、キリストの秘密を中心とする近代の秘儀参入の認識本質を、聖杯というイメージがよく象徴していることを認めるであろう。だから、近代の秘儀参入者たちは、<聖杯の秘儀参入者>とも呼ばれる。本書で初歩段階を叙述した超感覚的世界への道は<聖杯学>へと導くものだ」とあります。
シュタイナー死者の書(ちくま学芸文庫)にあるマントラ「神から生まれる」「キリストにおいて死ぬ」を経て「聖霊によって甦る」に辿り着くことが出来ました。
聖杯、聖霊は、まだまったくわかりませんが探求して行きます。
さて、これら経緯は、ひととの出会いの中から多くを得られたものであり、
このブログもひとへの契機に少しでもなれればとの思いで書きました。
聖霊降臨祭を前に。
2008年04月29日
2007年12月15日
1年経ちました。
今日夜、町に出ました。
本屋でMobileType解説本と量子コンピュータの本を買いました。
次に往年のクリスマス・ソングのCDを買いました。
街行くひとびとになぜか祝福を感じました。
われわれの傍らにキリストが居るのを感じたのです。
このブログを立ち上げて1年、わたしは何も書けませんでしたが
このブログに込めたわたしの気持ちは
たぶんわたしの気持ちが
いろいろなものを引き寄せてくれました。
ひと、ひととの対話、本
これらにより、キリストの確信が得られ始めています。
もし可能なら、この1年のわたしの経過を書くべきとも感じています。
では、1年の中でキリストに出会えるこの季節に、また。
P.S.
yam_sのシュタイナー必須書の最後に追加しましたが
シュタイナー死者の書(ちくま学芸文庫)
との出会いはこの1年で大きなものでした。
「エーテル界へのキリストの出現」を読まれた方は
是非お読みください。
本屋でMobileType解説本と量子コンピュータの本を買いました。
次に往年のクリスマス・ソングのCDを買いました。
街行くひとびとになぜか祝福を感じました。
われわれの傍らにキリストが居るのを感じたのです。
このブログを立ち上げて1年、わたしは何も書けませんでしたが
このブログに込めたわたしの気持ちは
たぶんわたしの気持ちが
いろいろなものを引き寄せてくれました。
ひと、ひととの対話、本
これらにより、キリストの確信が得られ始めています。
もし可能なら、この1年のわたしの経過を書くべきとも感じています。
では、1年の中でキリストに出会えるこの季節に、また。
P.S.
yam_sのシュタイナー必須書の最後に追加しましたが
シュタイナー死者の書(ちくま学芸文庫)
との出会いはこの1年で大きなものでした。
「エーテル界へのキリストの出現」を読まれた方は
是非お読みください。
2007年03月23日
不遜なひとびと
みなさんこんにちは。
以前、ミューシャさんの空の手でブログの「自由意志と謙遜」について共感のコメントをしましたが
最近わたしのまわりにそれと真逆な不遜なひとがいます。
ここのところ感覚が鋭敏になりひとの気持ちが心に刺さります。
これは結構わたしには重荷でした。
いったいなにが心に刺さるのか考えてみると
それはひとの不遜さでした。
わたしは気持ちの整理ができましたが
こんなひとが幅をきかす社会は・・・ です。
なぜもっと弱者に優しくなれないのでしょうか
自らも含めて反省です。
では。
以前、ミューシャさんの空の手でブログの「自由意志と謙遜」について共感のコメントをしましたが
最近わたしのまわりにそれと真逆な不遜なひとがいます。
ここのところ感覚が鋭敏になりひとの気持ちが心に刺さります。
これは結構わたしには重荷でした。
いったいなにが心に刺さるのか考えてみると
それはひとの不遜さでした。
わたしは気持ちの整理ができましたが
こんなひとが幅をきかす社会は・・・ です。
なぜもっと弱者に優しくなれないのでしょうか
自らも含めて反省です。
では。
2007年01月30日
Re:新世代のアントロポゾフ
nelccoさんのコメントにレスします。
>その兆しは私も感じます。
>西欧がキリストを知ることを主題とするなら、東欧はキリストに生きることが中心となります。
>新しい世代のアントロポゾフは東欧的と言えるような気がしますね。
>つまり知識の蓄積や証明ではなく、自分の運命を通して個別の知恵を獲得する人が増えてきたように思います。
>yam_sさんが指摘するところの新世代というのは具体的には、どのような人たちなのでしょうか?
>Posted by nelcco at 2007年01月29日 09:09>その兆しは私も感じます。
>西欧がキリストを知ることを主題とするなら、東欧はキリストに生きることが中心となります。
>新しい世代のアントロポゾフは東欧的と言えるような気がしますね。
>つまり知識の蓄積や証明ではなく、自分の運命を通して個別の知恵を獲得する人が増えてきたように思います。
>yam_sさんが指摘するところの新世代というのは具体的には、どのような人たちなのでしょうか?
東欧が次の時代というのはどの本か思い出せませんがシュタイナーが書いてましたね。
具体的な動きとしてはリサーチ出来ていませんので教えてください。
(北欧はスウェーデンの原発廃止とかありますが。)
ご質問の次世代とは
nelccoさんのいうとおりだと思います。
わたしとしてはそれを言い換えると以下です。
・シュタイナーの修行を継続している
・結果、認識をもっている
・修行をしていないとしたら前世で認識の準備が出来ている
・人生あるいは時代の課題としての認識の必要性を感じている
・などなど
わたし自身は修行はやったりやらなかったり
というか秘儀参入はあきらめていたというか。
(最近、考えかわりましたが。茨の道なので正直気が重いですけど。)
わたしに向いていたのは自由の哲学的認識のようです。
では。
2007年01月25日
2007年01月23日
新世代のアントロポゾフ
昨今ネットを見ていますと
新世代のアントロポゾフの存在に気づかされます。
(まっ彼らは自分をアントロポゾフと自認していないかも知れませんが。)
彼らのシュタイナーへのアプローチは
学問的ではなく認識にもとづくものです。
(これまた自分が認識しているとは気づいていないかも知れません。)
彼らのシュタイナー論述は前世代とは一線を画するとものと私は感じます。
まさにシュタイナーの予言が現実となっているのではないでしょうか。
なかなかその兆しを見つけられづにいましたが最近やっと気づくことが出来た次第です。
では。
新世代のアントロポゾフの存在に気づかされます。
(まっ彼らは自分をアントロポゾフと自認していないかも知れませんが。)
彼らのシュタイナーへのアプローチは
学問的ではなく認識にもとづくものです。
(これまた自分が認識しているとは気づいていないかも知れません。)
彼らのシュタイナー論述は前世代とは一線を画するとものと私は感じます。
まさにシュタイナーの予言が現実となっているのではないでしょうか。
なかなかその兆しを見つけられづにいましたが最近やっと気づくことが出来た次第です。
では。
ミューシャさんの「空の手で」ブログ
ミューシャさんの「空の手で」のブログの以下投稿が非常に参考になりました。
http://sakuragainouta13.seesaa.net/article/31664288.html
では。
http://sakuragainouta13.seesaa.net/article/31664288.html
ある時期から清濁合わせ飲む状態が続いてましたが
どうも呑み込まれそうになっていたようです。
これからは悪の変容に真面目に取り組まないとと思っている次第です。
これからは悪の変容に真面目に取り組まないとと思っている次第です。
では。

